MY DISCO STYLE 1979

DJ ダンクラ 70年代 80年代ディスコのDJ ベテラン  ディスコイベント ディスコパーティー ダンスクラシック  DJ DISCO FUNK SOUL  ダンクラ 岐阜 名古屋 東京 横浜 静岡 飛騨 高山 HIDA TAKAYAMA DISCO DANCE EVENT PARTY
70年代ディスコの代表格 tomorrow USA (後 カーニバルハウス)

1979年になってもしばらくはミュンヘン隆盛の時代が続いたが、フリーダンスが主流だった新宿にステップ復活を思わせるような振付が登場しました。

最初は「リングマイベル」の手踊り。

お次は「ジンギスカン」のボックスで極めつけは「めざせモスクワ」

他にもいろいろあったなぁ。

「フライハイ」「ペパーミントジャック」「怪盗アリババ」「アリババ」「インザネービー」「ラビングユーベイビー」「ダンスに夢中」「ウオンテッド」「サンチャゴラバー」「ガッタゴーホーム」・・・

自分はもともとステップのような画一された動きが好きなので、この手の曲がかかると2、3人でビシっと揃って踊って、輪の中心でダンスフロアを仕切ったもんです。(竹の子族の原型)

楽しかったなぁ、その日のディスコキング!

みんな自分の真似をする。

踊り疲れてドリンクを飲みに行くと、必ず女の子に「踊りを教えて!」と声をかけらる。

これぞディスコの醍醐味!!

サタデイナイトフィーバー70年代ディスコイベントDJダンクライベントミュンヘンディスコ新宿歌舞伎町DISCOブラックシープ

当時、私は高校が板橋で自宅が大塚だったので、通学途中の池袋のディスコにもよく行きました。

授業が終わって雀荘で時間潰しつつディスコ代も稼ぎ、麻雀で勝ったらそのまま飯食いにロサ会館の「アダムスアップル」に行き、可愛い子がいればナンパして持って帰るという日々でした。

アダムスアップルは生バンドが入る粋なディスコで、ダンスレベルも高く店特有のステップもありました。

ステージ前から2列目までが常連で、3列目以降は常連のステップのマネをして踊っていました。

マネしてる女の子達を口説くのは超簡単で、目が合ってニコって笑ってステップを教えてあげれば即効。

平日は赤商・池商・十文字などのカワイイ子がたくさんいて、楽しい思い出がたくさんあります。

池袋は他にもZEST・ペリカンハウス・ノンノというディスコがありましたが、総じてガラが悪かったです。


秋から冬にかけてサーファーファッションの波が押し寄せ、自分も御多分にもれずそれっぽく変わろうとしましたが、心のどこかで「大学デビューの軟弱なサーファー野郎といっしょにされたくない」というツッパリ精神?があり、最初はなかなか抵抗がありました。

例えば、サーファーカットがオンナみたいな軟弱なイメージで受け入れられず、とはいえ服だけはサーファーっぽくし、髪型だけはしぶとくアフロのままでした。

サタデイナイトフィーバーミュンヘンディスコ70年代80年代のダンクラディスコイベントDJ DISCO FUNK SOUL   岐阜名古屋
シャコタン車に吸盤キャリア・・・これこそカオス期の代表的な組み合わせ

そしてこの年、客としてだけではなDJとして客を楽しませることが加わりました。

きっかけは初夏 東京大学の五月祭。

その大学祭でディスコパーティーを主催していた東大の超遊び人と知り合い、11月に開催される東大駒場祭のディスコとダンパの企画運営に加わることになったのです。

「大学祭のターゲットは、大学に憧れている高校生だろう。だから学園祭のDISCOのターゲットは高校生。選曲も高校生が最適」との読み+経費削減で、私がDJを引き受けることになりました。

この目論見が大当たりし、大学祭わずか3日間で純利益100万円を荒稼ぎ。

DJのギャラも高校生としては充分過ぎるほどもらい、その醍醐味を味わってしまいました。

そしてその大学生との交流を通して、踊りの拠点も新宿から六本木に変わりました。

 

最初はその大学のパーティー(ダンパ)に付き合わされる形で六本木デビューしました。

場所は当時大人気の 「fou fou」

最初は選曲がショックだったなぁ。

とにかく知ってる曲がほとんどかからないので、未知との遭遇って感じ。

聞いたことある曲はせいぜいEW&Fとジャクソンズぐらいなもんだったかな。

それぐらい新宿と六本木は選曲も踊り方も全く違ったので、しばらくは席を立てませんでした。

でもすぐに隣りの席の女子大生と仲良くなって、後は自然の成行き・・・

それをきっかけに新宿よりも六本木のアダルトな雰囲気が好きになって、当時付き合っていた女子大生の手解きを受け、髪型や服装も含め大イメージチェンジをしました。

自分の周りの仲間も髪を伸ばし、次第に六本木にはまっていきました。